世界の起源


「Lucian Freudお好きなんですか?」という前々から持っていた疑問を鷹野隆大さんに直接ぶつけてみたのですが。「ああ、まあ好きだけど」「ヨコたわるラフとか、構図も被写体もそのまんまなのがありますけど」「それは偶然だよ」「そうなんですか? 特に意識をしたわけではない?」「いや、意識はしてないねえ」だそうな。意識していなくてあれだけ評価の高い画家と感性がシンクロするというのも、それはそれで凄い話だけれど。

先週の土曜日に、品川から京急に乗って横浜より少し先の井土ケ谷まで行き、駅から5分程歩いたところにあるblanClassというアート系スペースにて行われたトークイベントに参加してきたのですが、それが先の鷹野さんと2008年キヤノン写真新世紀グランプリ受賞の秦雅則さんの対談なのでした。実はもう3回目でして、去年の冬頃から数ヶ月毎に開催されて今回がラスト、私は前2回も参加してきました。たぶん国内で最も変な写真が撮れるお二人。いや、褒めてるんですよ。いろんな人の写真を見ていて気付いたのは、普通の人にはどんなに頑張っても普通の写真しか撮れないということ。不思議なことですけれども。日常に向かってシャッターを押して特異なイメージを具現化できるというのは、それなりに特異な感性が必要なのです。

さて今回はそんなお二人が双方ともに新作を出すということで楽しみにしていたのですが、鷹野さんの方は… クールベでした(笑)なんともコメントしにくい。遂にこれをやってしまわれたか、という思い。色んな意味でエクストリームな新作。いや、流石でした。しかしこれやっちゃったら、次は何処へ行くんだろう?

秦さんの方はと言えば、やはり一見して普通の人間には撮れない写真だと感じました。なんともよくわからない、でも明らかに「普通」ではないイメージ。「昨日の晩までいろいろ考えていた」と仰っていましたが、私が最初に新作を見た印象は「デスマスク?」。草っぱらの中に浮かぶデスマスク、しかもアラブ人的な髭付き、みたいな。話を聞けば数ヶ月前に中判カメラ(6×9って言ってたかな?)を買ったらしく、それで撮ったフィルムを現像したあとアルコールに浸けてしばらく直射日光の当たるベランダに放置しておいたとのこと。で、それを自分で紙に焼いたと。要は腐食させたフィルムを使って作られたらしいんですね。使えるのはフィルム30本撮って1枚使えるかどうかといったところで歩留まりは非常に悪いとのことでしたが、やってくれますな。前回のトークで「ああいうのはもう撮らない」と仰っていたものの、あの受賞作のような作風は実は基本的な技術がしっかりしていないとカッコ悪い作品にしかならないわけで、そんな溶けたようなフィルムを紙に焼いてそれなりに仕上げられるというのも、そういう裏付けがあってのことでしょう。今回は同じコマの微妙に焼き加減の違うプリントが6枚ということで見えたのは片鱗だけでしたが、今から次の展開が非常に楽しみです。

一連のトークの細かい内容に関しては、一応書籍化がなされる方向とのことなのでそれをお待ちいただくということで。聞いていて思ったのは、秦さんって仮象が現実を超えて行くことに面白味を感じる類いの人なんだよなあ、ということ。Baudrillardが見え隠れする、そんな印象を持ちました。

blanClass

秦 雅則 - キヤノン

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