多言語学習についての覚え書き

ブログを放置したまま丸2年以上が経過しました。いや忘れていたわけではないのですが、そのうちに更新しようかと思いつつ幾星霜。また数年放置するかもしれませんし、明日更新するかもしれませんし、それは私の気分が乗るか否か次第ではあります。

さてなんで更新する気になったかといいますと、実は6月に仕事で2週間ほどアメリカに行ってきまして。North Carolina州なんですが、都市部にはBank of Americaの本社があったりしてそれなりに栄えてはいるものの一応アメリカでも南部に属する州でして、なーんかちょっと訛っているのか現地人の言っていることがいまいち聞き取れずびっくりしたというような経験をしまして。英語の発音て結構地域によってバラツキがあるんですね。生活環境によって使う言葉が異なるのは英語に限らずまあ当たり前といえば当たり前なんですが。

個人的には英語が出来ればOK、みたいな考え方は昔からあんまり好きじゃなくて、学生時代には英語以外の言語をやり始めてあれよあれよという間にそれが増え、最終的には日英を抜かして7種類ぐらいの言語をやっていたのですが、それら各種言語の有用性をつらつらと主張し、かくして英語の能力が中途半端なことになったというそのつまり言い訳となる理屈を捏ねるというまあそういうことです。ついでにおすすめの辞書なんかも紹介しちゃう。さあそれでは行ってみましょう。


1. フランス語
前職でワインを扱っていたので非常に役に立ちました。ワインの名前を読み間違えるって格好付かないので読めるに越したことはないです。フレンチ食べに行っても困らないですしね。あとは服飾と化粧品・香水の類いは言わずもがな。実用面ではその程度ですが、Roland Barthes、Michel Foucault、Jean Baudrillard、Claude Lévi-Straussあたりは人文系ならまー 読むだろー というか、翻訳のみでそれらを読んでも内容を理解できるとは到底思えないのでフランス語の学習は必須。これらの方々の書いた文章を原書で読むと、フランスのインテリ層というのは頭がおかしいレベルに頭が良いということを思い知らされます。フーコーあたりはもうあらゆる学問で常識として使いますし、社会学系ならÉmile Durkheim、Pierre Bourdieuは読んでないとかハナシにならないのでやはり必須、経済学でもThomas Pikettyが最近流行りましたし。

翻訳で読めばいいじゃないかという人の由もわからなくはないのですが、問題はそれが日本語・英語文化圏以外においてどのように受容されているか、また翻訳されたその書物のその周辺の参考文献やら関係人物やらに関する文章は誰も訳してはくれないので、その点において現地語は必要と思います。翻訳されることで音声としての言語の持つ意味が変容してしまう場合もありますし、それはとくに詩の伝統のある文化圏においては致命的なことです。なおフランス語はアフリカ北部でも有用な他、変遷の少ない言語なので数百年前の文献もわりと普通に読めるというメリットもあります。

Marcel Proustを原書で読む喜び(喜びと書いて苦痛と読む)は経験した者にしかわからないでしょうしな。現代的な作家だとLe Clézio、Michel Houellebecqは外せません。あと地味に良い点としては、あえて言ってしまうのもあれですが、フランス語というのは使われる側の言語ではなく人を使う側の言語なので言語としての格が高いというところですね。フランス語の語彙自体は英語と似通っている部分があるのでわりととっつきやすいです。これは所謂ノルマン・コンクェストによる影響と言われておりますが、これに関しての詳しい説明は端折ります。もし余力があればMaurice Blanchot、Emmanuel Lévinasあたりも是非に。

辞書はロワイヤル中辞典、iOSアプリの仏和大辞典と全然プチじゃないLe Petit Robert、もちろん Le Grand Robertも可。あと白水社の新フランス文法事典ぐらいあれば大抵のものは読めるでしょう。


2. ドイツ語
モテない言語ですね。フランス語・イタリア語といったラテン語直系のロマンス語系に比べ学習する女子率はグッと下がり、教室の雰囲気もなんか全然違うんですが、というような。ファッションとか食とか女子の食いつきの良い分野にあまり強くないのが原因でしょうか。クルマに関して影響力は強いとは思いますが。

英語と同じゲルマン語系に属するので、やっぱりちょっと英語と似てます。ドイツ語と言えばG.W.F. Hegel、Immanuel Kantというまあとりあえず読めya、みたいな両巨頭にEdmund Husserl、Martin Heideggerあたりの現象学の系統、社会学においては読んで当たり前のMax Weber、フランクフルター系統にTheodor Adorno、Erich Frommあたり、Niklas Luhmannの知識もまあ必須。名前を列挙するからに明らかにモテなさそう。

美学系はBaumgarten、Walter Benjamin、あと美学においてもアドルノは重要。美学の起源はBaumgartenよりもさらにGottfried Leibnizまで(根本的に言うならばPlaton、Aristotelisまで)遡れますが、ライプニッツは仏独羅の著作があるので仏独は最低限読めるべきでしょうね。そういえば、Wittgensteinもドイツ語だった。

文学だとGoetheはもち、個人的にはPaul Celanが非常に好きです。ドイツ語というよりもはやJames Joyce的な「ツェラン語」ですが。現代寄りだとThomas Bernhardは是非に。

あと忘れてはいけないのはオペラ。Richard WagnerにMozart、Bachのカンタータもドイツ語がわかった方がそれはもちろん楽しめます。

辞書はiOSアプリの独和大辞典、DudenはMac OSの辞書appにも入ってますのでがしがし使いましょう。

あと意外かと思いますが、古仏語の世界最大の辞書はTobler-LommatzschのAltfranzösisches Wörterbuchと申しましてな。ドイツ語なのですよ。フランス語は変遷の少ない言語で16世紀くらいまでは現代フランス語の知識でも大方読めるんですが、それ以前の一桁世紀くらいの文献を読もうと思ったらドイツ語は読めないといけない。そんなもんを一般人が読める必要があるかどうかは別として、古典ギリシア語の文法書も一定レベル以上になると英語だけではなくてドイツ語の文献を当たらねばならない。古典文献学に関してはドイツ語は絶対に無視できません。


3. スペイン語
アメリカ帰国子女がやったことがある場合の多い言語。ロマンス語系なのでフランス語とも多少は似ており、イタリア語とは主語を落としても良い点も含めかなり似ていますが、とはいえ別物ではあります。

Don Quijoteを読むもよし、García Márquezを読むもよし、Vargas Llosaもありますし、文学的にはかなり豊饒。思想的にはオルテガぐらいしかいない気がする。私が知らんだけかもしれませんが。あとゲバラに心酔しているとかなら是非やりましょう。ウユニ塩湖に行きたいとかならやっておいた方が良いかもね。やってみると割合取っ付きやすくおもしろい言語ではあります。使える範囲も広いですし。


4. イタリア語
食とか美術とか音楽とか服飾に興味のある方におすすめ。イタリア語って外語大以外に学習できる一般の大学ってほとんどないので、現地に住むでもなくイタリア語をやっていたという人は結構なレベルの教養を持っている場合が多い印象。料理人な方も多いけど。ペラペラ喋る人はわりと東京外語出身。

フランス語かスペイン語が読めればたぶんうっすらは読めるし、かなり取っ付きやすいと思います。使える範囲はイタリアに限られますが、文化の深さはすごい国なのでやって損はしないでしょう。オペラは本場。

文学的には何はなくともDanteでしょう。思想的にはNegriにGramsciの両Antonio、Umberto Eco、あとGiorgio Agamben。ていうかアガンベンのためだけにイタリア語やったようなもんですが。私は。


5. ラテン語
上記の言語の基礎であり、昔の高級言語であって有無を言わさずやるべきでしょう。Thomas AquinasのSumma等の中世哲学系の文献を読む際にも必要になります。ただ、重要性はギリシア語の方が上と思います。

あとはCicero、Vergilius、Senecaあたりを読むのに必要。やれば大学の図書館の入り口に大抵書いてあるような文章も読めるようになります。西洋言語の語源を知る意味でも極力やるべきでしょう。余談ですが、トヨタ自動車のPriusとかもラテン語ですね。学名もギリシア語 ・ラテン語なので意外と理系の方が教養としてやるのもアリではないでしょうか。

辞書はiOSアプリにもありますしLewis-Shortがもちろんですが、研究社の羅和辞典もiOSアプリがあってそれがおそらく一番楽ではあります。


6. 古典ギリシア語
Whiteheadさんも言うように西洋哲学というのは畢竟プラトンの基礎の上に建てられた伽藍であるわけでして、ギリシア語読まずに哲学やるとかそりゃ数学やったことないけど物理学やってますと言うくらいに無理があります。現象学のテクストとか原書で読んでるとアリストテレスの概念が次々に出てきますので。フッサールの「イデーン」とかですが。美学系でもプラトン-アリストテレスは必須ですな。

ただね、難しい。それは間違いない。私のドイツ語の先生が元々ゲルマン語の研究者で、世界最難解言語の一つと言われるアイスランド語を現地に留学して学んできたというような人ですらギリシア語はわけわからんと言っておりましたし。やる気のある方はまず、アオリストってなーに? というところから頑張ってください。アイスランド語はゲルマン語系の祖語に近い言語なので、ゲルマン語系の研究者には必要なのですが。サガやエッダとかを原語で読むのはやや憧れるものがあります。

あとホメロス。英語だとHomer。聖書と並ぶあらゆる西洋文学の基礎でしょう。レクター博士の愛読書であるMarcus Aurelius Antoninusの自省録をギリシア語で読むも良いでしょう。オイディプス王の話を読むも良し。というか文学系の学問をやるならむしろその辺を原書で読む経験は絶対に持つべきと思いますが。

辞書は実質Liddell-Scott-Jonesしか選択肢はないのではないでしょうか。持ち歩くのはintermediateが限界と思いますが。これも一応iOSアプリにあるという、良い時代になったと思います。


7. ロシア語
正直あまり役に立つことはないですが、やっておいて損もない言語。とはいえ得するのはロシア系の美術作品に付随するテクストが読めるとか、その程度でしょうか。あとDostoyevskyやTolstoyといった世界文学を読みたいとか、「時計仕掛けのオレンジ」に萌えるとかいう使い道はあります。

とはいえ。欧州言語であれば相互の単語というのはある程度似通っているのですが、スラヴ語系のロシア語はさっぱりそんなことはないので1年やった程度では大して身になりません。ラテン語源は多少それっぽいのがあって、家を意味するДом(ドム)はdomus(ドムス)からきてると思いますし、Университет(ウニヴェルシチェト)はuniversityの意味なのはなんとなくわかるかと思います。bananaはБанан(バナン)、これはアラビア語の「指」が語源であるらしいですが。キリル文字はДがギリシア文字のΔ(デルタ)からきていたり、лがλ(ラムダ)であったり、фがΦ(ファイ)であったりギリシア文字ベースなのがわかります。文法的には現在形にbe動詞的な語を使わないので、実はアラビア語に近いんじゃないかと勝手に思っているのですが。

東欧の言語もロシア語と同じくキリル文字を使用しているので、キリル文字が読めるようになればある程度は結構使える範囲は広いように思います。ファッションモデルとかロシア・東欧系は結構多いですから、フォトグラファーにわりとおすすめな言語かもしれません。

辞書はあんまり良いのないですね。やや小さすぎなもののコンサイス露和を推しておきますが、この辺の言語になってくると対英語の辞書ですら質が怪しくなってきます。あとはもちろん研究社の露和ですが、80年代の辞書ですからね。新しい語はオジェゴフを買うしかないのでは。ギリシア語・ロシア語に関しては文字が特殊なのでソフトウェアキーボードが便利ですので、必然的にiPadで使える辞書がベストと思います。とはいえ露和で良いのは残念ながらないのですが。


とまあ、ざっとこんな感じです。あと2〜3年大学に居られたならばアラビア語とアイスランド語、あと北欧言語をもう一つぐらいやれたかなとは思うんですが。アラビア語はまず文字を覚えるのが苦痛で。頭字、中字、尾字というのがありまして、要は単語の頭にくるか中頃にくるか最後にくるかで文字の形が変わるという厳しさ。ただ学術的な有用性は極めて高い言語だということはわかっていたので、しっかりやれなかったのがやや心残り。ちなみにアラビア語の中級レベル以上で使うと思われる対英語の辞書も対ドイツ語の辞書の重訳でして、多言語学習の際には英語だけでは意外と歯が立たなくなってくるんですよね。

ちなみに英語で重要なのというと、David Hume、Adam Smith、Alfred North Whitehead、Charles Sanders Peirceですかね。あとJoseph Needhamも入れておきます。

本当のインテリであるならば上記の言語プラスサンスクリット語と中国語くらいは読めるべきだと思うな。以上、一体誰の役に立つんだかわからん文章でした。それでは。

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