In the material world

なんかモデルっぽい人がいるなあ、と思ったら桐島かれんさんだった。そりゃモデルっぽいわ。モデルだもの。先週の金曜日に今開催されている上田義彦氏の写真展「Materia」を見に行ってきたのですが、この日の夜にかけて上田氏の他にCMディレクター中島信也氏、アートディレクター中島英樹氏、キュレーター後藤繁雄氏といった、視覚による伝達において現在の日本でそれぞれの分野で最先端、かつ頂点に立っているであろう面々が揃ってのトークショーがあるとのことで、それを目当てに会場に入ったらばそこにモデルっぽい上田氏の奥様がいらしたと、そういうことなのです。


その会場がですね(笑)ご覧の通りに、どう見ても倉庫(笑)清澄にあるタカイシイギャラリーとかの入っているアートコンプレックスのような感じです。まさにあれと同じ。ゆりかもめの竹芝駅よりほど近く、私はJR浜松町駅から歩いて行ったのですが、そちらからでもほどほどの距離でした。上の画像の看板にも書いてありますけど、どうやら以前は扶桑社のスタジオだった…のかな? 室内にもよく見れば白く塗られた壁にアールの痕がありましたし。でもって、下の階には操上和美氏率いるpyramid filmが。ここにあったんですね。 

さて、中に入るとそこには結構だだっ広い空間がぱかっと口を開けており、壁は前述のように白塗りでちゃんとしたギャラリーの雰囲気です。私は少し早めに会場に入って展示を眺めていたわけなのですが、その作品がですね、上田さんが震災のあとに屋久島に行って撮ってきたという一連の写真で、これがまたなかなかに驚きの内容だったわけでして。

なにしろ、ざーっと眺めてみてそのほとんどの写真の手前側にはピントがきていない。大抵は焦点が合っているのは画像の中頃かやや後方といった感じで、一体どこにフォーカスを合わせようとしているのか判然としない。画像によってはわりと派手にハイライトを飛ばしたり暗部を潰してしまっているものも少なからずあり、これらの写真を写真集に纏めるディレクションを依頼された中島秀樹氏が、「あれ、これって…失っっ敗じゃないの??(笑)」と最初に見たときには思ったという、なんとも上田義彦らしからぬ感じで。

上田さんというとなんかわりとダークトーンで、大判のポテンシャルをフルに活かした細部までの緻密な描写の写真のイメージが強いと思うのですが今回の展示に関してはそういう写真は1〜2枚程度で、見た感じほとんど絞り開放かそれに近い感じで撮ったんじゃないだろうかというような。エライことですね。このようにして私の頭の上には??がいくつか浮かんでいる状態で、トークの開始時間となりました。

…汽笛が聞こえます。トーク開始となり開始の挨拶を始めるなりこれです。「船ですね!(笑)」と中島信也氏はおっしゃるのですが、確かに船です。なぜにこのような海に近い立地にギャラリーを作ろうなどと?(笑) 先ずはその話から。上田さんの話では、その、地震があってから以前から行こうと考えていた屋久島行きを決行することにしたこと、そしていつも通りに8×10を持って息を切らしつつ、鹿児島と沖縄の中間辺りにある屋久島の奥の方へと入って行き、そして撮影を始めて、3枚目ぐらいを撮っているときに「あ、これは中島英樹だな、と」思って帰ってきてから実際にすぐに写真集の仕事を依頼するために連絡をとったこと、などなどが語られました。

で、今回の作品はかなりの大きさだったのですが、なぜそのような大きさになったのかについては、「自分で焼いているので大きさに関しては焼きたいように焼けるのだけれど、いろいろ試しているうちにどんどん大きくなっていって、最終的に今の大きさになった」とのこと。「そうすると思ったのは、それだけの大きさの作品を展示するのに適した空間がないし、貸しギャラリーではこの作品は展示したくないと思った」そうで。「海外でのこの作品の展示はいくつか決定したのだけれど、地元である国内で展示に適した空間が思いつかず、そうしているうちに時間だけが経ち、前にここで広告写真の撮影(ドコモのやつで渡辺謙とオダギリジョーが出てきてバイクの整備をしてるものとおっしゃっていたと思いますが)をした後になってここに一人でやって来て、「ここで…やっちゃうんだろうなあ」と思ったと。そのような恐ろしい考えを現実にしてしまわれたと、そのようなお話でした。

なんとも言いようがない(笑)直観で動く方なんでしょうか。それとも計算を直観に見せているだけなのか、判断はつきませんが、つまりは今回の作品を展示するために、作品の大きさに合わせた巨大なギャラリーを丸ごと作ってしまったということのようなのです。いやはや恐ろしい。実際に考えはしても、国内の写真家でそれを実行してしまえる人間はそうはいないでしょう。凡人は、その感覚にもはや笑うしかありませんでした。

後藤さんと上田さんの関わりはというと、その昔、Paris Photoに日本の写真家として出展する人を選ぶときに誰が良いのか考えたときに選んだのが上田さんだったという、そんなことがあったらしい。この点に関しては実は私も後藤氏と同意見だったりします。日本を代表する写真家はと考えた時に、正直、上田さんのどの辺りが凄いのかと聞かれても上手く説明はできないのだけれども、他の写真家にはない写真の裏にある抗い難い何かがそこにあるのを感じるのはいろんな人が同意するところでしょうし、そして安定したクオリティを持っており、西洋の物真似ではない独特の質感。これが大事。異論はあります?

あと驚くべきところは、会場の照明が普通の白色の蛍光灯だったこと。これに関しても上田さんから説明がありました。焼く段階では本当に厳密に色を出すように注意を払っているのに、それを暖色のスポットを当てて安易に変えてしてしまうのが嫌だったと。これは人によってはおそらくは目を剥く発言であろうけれど、そう言われてみれば確かにその気持ちはわかる。もちろんこの会場に関して言えば、蛍光灯の片面に反射板を取り付けて直接にだけではなく間接的にも作品に光が当たるようになっているのだけれど。これは実際に見ていただければ、ははあ、なるほどね、と思われることでしょう。これは上田さんがわざわざ業者に自分で発注して取り付けたらしいです。

などなど、いやー、やっぱり一線で活躍されている写真家って凄いなと思わされたわけでした。


なお、このギャラリーは今後もいろいろな写真家を紹介していく予定とのこと、ただ一つだけ決まっているのは会期の穴埋めのための展示はしない、ということだそう。今も一人に依頼をかけている状態らしいのですが。誰でしょうね。気になりますね。後藤氏曰く「その人の展示が実現したなら非常におもしろいことになるであろうと思われる方」とのことでした。

このギャラリーを作る際に上田さんのイメージとしてあったのは、昔ミュンヘンの郊外にあるあまり有名ではない美術館にふらっと入ったときに、上田さんの他には誰もいなくてあるのは絵画と自分だけ、しかもそれらを自然光で見せるというような、そんな感じであったらしいです。今回の展示も作品の大きさといい、部屋の広さといい、川村記念美術館のロスコ・ルームのような、あの濃密な感じに似た空間になっておりました。あるいは直島の地中美術館のモネ。ああいう贅沢な空間が東京の海辺にできたというのは、慶賀すべきことだと思います。

私が地中美術館に行ったときとかまさにそんな感じだったなあ。あるのは作品と私だけ、というような。なんかこんな話を聞いたら、ワインの飲み方まで変わりそうです。人と集まってわいわい飲むのも楽しいけれど、一人で一本のワインと時間を掛けて向き合うのも、とても贅沢なのではないかと、そう思いました。しかもこのギャラリーはなんと観覧が無料ですからね。ありえないですねえ。というわけなのでぜひ一度、有給を使ってでも平日の昼間に行ってみてください。ちょっと特殊な経験ができることと思います。

gallery 916

川村記念美術館 ロスコ・ルーム

地中美術館

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